「郷に入れば郷に従え」という言葉があります。頭で分かっていても毎日のように起こるイベントに、時に頭を抱え、時に怒り、それでも嬉し泣きをすることもあったというのが留学生活を終えて今、私が言えることだと思います。

イベントと言っても所謂多国籍パーティーなど楽しいものから、シェアハウスのドアノブが壊れて外は真冬なのに家に入れないといった苦しいもの、定期を買うために自動販売機にお金を入れたのに券は出てこないでお札だけ吸い取られたといった頭にきてしまうような経験まで様々です。

数々の海外旅行や留学を経て、今では一人で飛行機に乗っても手に汗握ることなく楽しめるようになりましたが、初めての留学を決め成田空港から出国してオーストラリアの最南端の街メルボルンへ向った時には無事出国できるかどうかすら不安だったのを覚えています。

オーストラリアへ向った目的はワーキングホリデー。憧れていた海外生活を通して働きながら英語もしっかり身につけて帰ってくるという絵に描いたような棚からぼた餅を夢見ていました。

ワーキングホリデーで苦労した3つのこと

オーストラリアワーキングホリデー1

しかし、ワーキングホリデーの生活は思った以上にタフな世界でした。特に苦労した事を3つ取り上げると「居心地の良いシェアハウス探し」「語学学校の授業」そして「仕事探し」です。

居心地の良いシェアハウス探し

ワーキングホリデーの留学生はだいたい最初の数ヶ月語学学校に通い、その後職探しをします。学校での勉強も、働いていても、住み心地の良いところにステイしていないと学業にも仕事にも集中できません。

私の場合は最初のホームステイの相性が合わず、その関係で結果として1年で4回引越しをしました。常にステイ先を探して引越しをしていたのでかなり効率の悪い動きをしてしまいました。

1年は終わってみればあっという間の短い期間です。ホームステイにしてもシェアハウスにしても慎重に選んで、1年間同じ場所に滞在できれば理想だと思います。

語学学校の授業

次に、大切な学校選び。私はたまたま運が良く非常に多国籍でレベルに合ったクラスに入る事が出来ました。

語学学校では上のクラスに行くにつれてヨーロッパ系の生徒が多くなり、逆に日本人を含むアジア系の生徒が中級から下のレベルに固まってしまう傾向があるようです。

ヨーロッパ方面からの留学生は母国語が英語と似ているのでもともとレベルが高く、上達もとても早いです。日本人の友人たちがよくクラスに日本人ばかりとかアジア人しかいなくてオーストラリアで勉強している気がしないと嘆いていました。

これに関しては解決策として私がこれから留学を考えている方々にアドバイスさせて頂けるならば、日本にいる間にたくさん英語(英会話)を勉強して、ある程度高いレベルになってから留学するということです。

現地に渡ってから勉強を始めるという考えではなく、日本にいる間に学んだことを実践するつもりで行くと語学学校でレベルの高いクラスに入ることが出来、クラスメイトのレベルが高ければ学べるものも多いので自分のレベルアップも早くなります。

参考までに私のケースはワーキングホリデーに行くまでに3年間英会話学校に通っていました。オーストラリアに到着時は日常会話レベルで、学校では中級のクラスに入りました。それでも日本でもっと勉強してくるべきだったと感じることが日々ありました。

仕事探し

最後に肝心の職探しについてです。ワーキングホリデーのビザは通常1年間です。つまり働くと言っても長くて1年間しかその職場で働けないのです。

1年間しか働けない外国人を雇う職場はそう多くありません。必然的に日本食レストランなど留学生を積極的に雇ってくれるところに限られてきます。

日本食レストランではお客さんは比較的現地の方が多く来ますが、一緒に働くのは同じく留学生というケースが多いです。またお客さんとの会話も決まった文句が多く、英語力の劇的な向上は見込めません。

私の場合は出発前から現地で日本語を教えたいという希望がありました。そのため、まず日本語教師のアシスタントをボランティアとして探している学校にコンタクトを取りました。

日本語教師のアルバイトを急に留学生がしようと思ってもなかなか雇ってもらうのは難しいのですが、ボランティアであれば需要があります。思った以上に、うちの学校に手伝いに来て欲しいという連絡を頂き、最終的には若干報酬を出しますという学校を選ぶ事が出来ました。

もちろんそれだけでは生活していけなかったので日本食レストランでも平行して働いていました。

オーストラリア留学まとめ

オーストラリアワーキングホリデー2

1年を通して現実は厳しいと感じる事は多くありましたが、それでも留学する事でしか体験できない貴重な経験を積む事が出来ました。

そして一番の財産は現地で苦労を共にした友人、お世話になった学校、職場関係者、シェアハウスのハウスメイトで、今でも連絡を取っている友人が世界中にいます。

日本から一歩足を踏み出すと、想像もしていなかった世界、未来が必ず見えてきます。