留学に興味がある。英語を使って生活したい。海外で働くことに憧れる。「でもちょっと不安…」と迷っている方も多いですよね。私も海外生活を始めた時、英語は初心者でわからないことだらけの毎日でした。

しかし早8年、今は永住権を取得しニュージーランドで生活しています。そんな私の「やってみた」が、迷っている方の「やってみよう!」を後押しになればと思います。

海外生活2日目。バスのチケットすら一人で買えない!

海外生活2日目。バスのチケットすら一人で買えない!

年明け早々、真夏のオークランド空港に段ボール数箱と大きなバックパック、それにスーツケースといういで立ちで結婚したばかりの夫と二人で降り立ちました。

もとは、海外生活に憧れていた夫が言い出した移住。夫は英語が上級レベルで学校に入学が決まっていましたが、私は挨拶ぐらいしかできない英語力。

初めてのニュージーランド。のどかな羊と牧草地を想像していましたが、オークランドはビルが立ち並び都会。人も多く、お店に一人で入ってお昼ごはんを買うのも恐々です。

そんな到着して2日目のこと、一人でバスに乗り街へ出かけないといけなくなりました。バスは、乗車時に行先を告げてチケットを購入します。私は「Cityまで」と伝えたつもりでしたが、なぜか渡されたのは「2時間乗車券」。高い。変更したいと伝えるだけの英語力もなく、心の中で泣きながら余分な乗車賃を払いました。

「もっと英語ができないと、暮らしていけない」とリアルに思った出来事です。

語学学校に入学。英語の壁。先生、言っていることわかりません!!

語学学校に入学。英語の壁。先生、言っていることわかりません!!

渡航早々に英語力のパンチを受けた私は、語学学校に3か月通うことに決めました。生徒は100人ほどの小規模校です。オークランドの街の中心にあり、ビルの隙間から覗く海が教室の窓から見えました。

アットホームな雰囲気で、優しい何でも相談できる日本人カウンセラーさんがいたのも入学の決め手です。

初日に受けたクラス分けテストで、結果は「Pre Intermediate(初中級)」。下から2番目のクラスです。良いとは言い難い結果に落ち込みましたが、バスチケットも買えないくらいですから仕方ありません。

授業は、午前と午後の2パートに分かれていて、午前中は主に教材を用いて文法やリーディングを。午後はグループワークやディスカッションでスピーキングを鍛えるスタイルでした。

文法は昔学校で習って何となく覚えているものもありましたが、問題はスピーキング。話したいことがあっても、頭の中にまったく単語が出てきません。

「日本の特別な行事について話して」と課題が出ても「おせち…って何て言う?」みたいな感じです。そして、同じくらい問題だったのがリスニング。教室での会話が半分も聞き取れないのです。

学校の先生ですから、生徒のレベルに合わせてゆっくりと話してくれます。しかし、英語に慣れていない自分の耳ではキャッチできず、授業中もディスカッションの話題がわからず「え?次は何をするの?」とオタオタする場面が最初の頃は1日のうち何回もありました。

英語がだめでも働きたい!アルバイトで自信をつける。

英語がだめでも働きたい!アルバイトで自信をつける。

必死で課題をこなす内に、先生の質問にもつっかえながらも答えられることが増えてきました。学校も卒業まで残り1か月。卒業したら生活費も稼ぎたい。そこで、日本食レストランでの仕事に応募しました。

英語は熱意をアピール。学生時代に飲食店勤務の経験もあったので、見事採用されました。職場は9割以上は日本人。しかし、地元の繁盛店でしたのでお客さんは9割以上現地の方。接客は英語。「ご注文おとりします」を英語で何と言うのかわからず、勤務初日前に語学学校の先生に聞いて予習しました。

まあ、初日はお皿を下げるのと料理を運ぶのがメインで注文を任されるのはまだまだ先だったのですが。

先生も私がアルバイトを始めたと聞くと、授業に「飲食店でよく使うフレーズ」や「仕事で使う電話の受け答え」といった内容を取り入れてくれました。これは、実際の仕事の場面で非常に役立ちました。

お客さんに「オレンジジュースちょうだい」と言われても、まったく聞き取れないなど自分の英語力に落ち込むこともたくさんありました。

しかし、ニュージーランドのお店ではお客さんも店員もフレンドリーな接客を好み、私が新人だとわかると「がんばってね」と応援してくださる方もいて、日々の生活で英語を使っていく自信がついてきました。

永住権取得。これからも移住生活は続く。

学校卒業、就職活動、永住権取得と、現在もニュージーランドで生活しています。海と山と自然に囲まれておいしいコーヒーが飲める暮らしが気に入ってます。

渡航2日目でバスチケットが買えなかった自分が、こうして海外で生活を続けていることはあの時は想像できませんでした。一歩踏み出して海外に出てみる。語学学校の日々があったから今につながったと思います。