私が25歳の時に行った念願のイギリス・ロンドンへワーキングホリデーの生活をご紹介します。(Part1)

イギリスワーキングホリデーに出発するまで

私は以前、英会話学校の事務職をしていました。

ただし、長期留学経験もなく、専門として英語を学んだ事がなかったので、英語力はそれほど。周りの同僚達にはほぼ留学経験があることに、いつも羨ましさと劣等感を抱えていました。

いつかは行ってみたい海外、住んでみたい海外。社会人4年目には貯金も目標額に達し、ついに留学に向け調べ始めました。

どの国がいいのかいつも迷っていたのですが、仲の良い英会話の先生にイギリス人が多かったこともあり、イギリスへの留学に憧れました。

ただ、イギリスは物価が高く、1年間の語学留学となると予算オーバー。イギリスのワーキングホリデーは抽選で当たるかどうかわからない。やっぱりイギリスは難しいかなぁと思っていましたが、そこから約3ヶ月、祈りながら書類を出したイギリスへのワーキングホリデービザがとれ、その約半年後にロンドンに出発する事ができました!

ワーホリ生活の始まり

ワーホリ生活の始まり

ワーキングホリデーの生活を始めるにあたり、日本から語学学校1カ月、学生寮1ヶ月の予約をしていました。予算に限りがある留学生活。ワーキングホリデービザという働けるビザとはいえ、すぐに仕事が見つかるのかわからないので、とりあえず1ヶ月間は、学生寮と語学学校で情報集め。

このワーキングホリデーの目標は、もちろん英語力アップ。そしてなんとか現地でアルバイト経験をする事。私は1年間だけという期限があったので、英語力がネイティブになれるとは思っていませんでしたが、自分の英語力に自信を持つ事ができるように努力をしました。当時の私はTOEIC640点程度。

始めの学校では、なぜかスピーキングテストでうまくいき、Upper-Intermediateのさらに少し難しいクラスへ入ってしまい、授業についていくのが本当に大変でした。

クラスで日本人は私だけ、アジア人も少なめでヨーロピアンと南米のクラスメイトが多かったです。途中で担任の先生にクラスのレベルを下げたいと伝えたのですが、最初はみんな大変だけど、もう少しすれば慣れるよ。と言われ結局1ヶ月間、この難しいクラスを貫き通しました。

この学校でブラジル人とアルゼンチン人の本当に仲の良い友達ができ、毎日放課後には観光やらショッピングに出かけ、とても刺激的な毎日を過ごしました。また、その時の友人たちの英語レベルはとても高かったので、スピーキングのいい勉強になりました。これはレベルの高いクラスに入った大きなメリットでした。

家探し

家探し

始めの1ヶ月間は学生寮に滞在していました。ロンドン中心地にある大きな学生寮で5部屋に1つ、キッチンとリビングルームがありました。夏休みシーズンということもあり、1週間ごとにメンバーがコロコロ変わっていましたが、寮のメリットは、中心地にあるので、交通費の節約と、自由さにあると思います。自分の責任で自由に過ごす事が可能です。

そんな寮生活でしたが、3週間を過ぎた頃には、次を住む家を探さなければと焦り始めました。主に、学校の掲示板と日本語のクラシファイドサイトで良さそうなところにかたっぱしから電話をしていきました。何軒かをみてまわり、中心街からは少し遠かったのですが、部屋にキッチンが付いていて、広めのお部屋に決めました。オーナーはギリシャ人のおじいさんで、勝手にお部屋に入ってくるという困ったこともありましたが、クリスマスにはプレゼントを用意してくれたりと、結局最後までこのお家でお世話になりました。

家探しは、運とタイミングということもあり、とにかく沢山の物件を見ることをお勧めします。ただ、学生向け、あまり文句の言わない日本人向けに悪質物件もあるので、友人と一緒にまわったり、とにかく第六感を信じてフットワークを軽くする事が大事だと感じました。

まだまだワーキングホリデーは始まったばかりです。

2つ目の学校

2つ目の学校はアルバイトを始めてから、自分でトライアルレッスン受けにいき、決めた学校です。中心地のマンモス校ですが、受付の雰囲気もよく先生がとても上手な先生で、その学校に決めました。午後はアルバイトがあったので、朝8時から11時半までのクラスです。

月に寄ってばらつきはありましたが、アジア人は数人、ヨーロピアンが半分、南米が半分という割合が多かったです。月に2回はパブナイトがあり、先生も生徒一緒にパプに行き、クラスを超えて友人が沢山できました。

学校に行く事で、仲の良い友人に出会えたので、私は学校に投資をして、とても良かったと思います。

次回予告

念願のローカルアルバイトのお話はPart2に続きます。