私がシドニーでワーホリを決めたきっかけはアメリカ人との婚約でした。

当時の私の英語は日常会話が出来る程度。さらに、今まで事務と接客の経験しかなかったため「今後アメリカに住むことになった場合、どんな仕事に就けるのか」といった不安がありました。

しばらくして、彼は仕事の都合でアメリカに帰国し国際遠距離となったため、そのあいだに海外に行ってみようと思い立ち、シドニーに飛びました。合法的に働けること、シドニー出身の友達や永住権を取った日本人の友達がいたことがシドニーを選んだ理由です。

ワーホリの経験は「自分の可能性」への考え方を大きく変えてくれました。

シドニーワーホリ体験談

シドニー留学体験談

私がジャパレスを選んだ理由

私の最大の弱点は極度の人見知りな性格です。いくら英語が出来ても、社交性に欠けていると海外ではかなり孤立します。

現地について最初の3週間は、シドニー出身の友達の家に住ませてもらいました。彼女が仕事に出かけ、彼女の旦那さんと2人になると何を話していいのか分からず「勉強するから」と言って部屋にこもっていました。

そんな性格なので、仕事を探すのにもかなり覚悟がいりました。オーストラリアでは履歴書を持って直接お店に売り込みに行くのが一般的。お店の前で20分かけてようやく覚悟を決めて入ったのに「今人足りてるから」とあっさり断られることも。

日本人だったら少しは緊張もほぐれると思い、日本人オーナーが経営する焼肉レストランで働き始めました。オーナーさんはいつも冗談ばかり言って、スタッフも個性的な人ばかり。とても楽しかったです。

ジャパレスで苦労した事

海外での体験談を読むと「英語力を磨くため日本人が少ないところへ」というのをよく目にしますが、私の意見は少し違います。

もちろん、日本人ばかりと会話をしていれば英語が伸びず、1年生活しても全然話せないという人もたくさん見てきました。しかし、自分の意識次第でプラスになる事もあります。

私がジャパレスで働いて苦労した事は「日本語と英語を瞬時に使い分けること」です。

英語で接客中、分からない事を日本語でオーナーに確認して英語でお客さんに説明する。日本人ではない新人スタッフに英語で指導し、その横にいる別のスタッフには日本語で説明する。忙しい時間帯には英語を考えている時間なんてありませんでした。

この環境のおかげか、英語は英語で考える事が出来るようになりました。ルームメイトに「寝言で英語話してたよ」と言われたのはこの頃です。

スピーキングで一番難しいのは言葉につまりすぎず、遅すぎず話すこと。それは、日本語で考えない癖がつけば一気に伸びます。

ただ、ジャパレスで働くことにはマイナス面もあります。それはローカルのレストランに比べ、給料がとても安いという現実です。しかし、自分の英語力が高ければローカルと同じくらいまで時給が上がる可能性もあるのだと知りました。

なぜなら、ジャパレスで働く多くの日本人スタッフはあまり英語が得意ではなく、逆に英語が話せる日本人はとても貴重で優遇してくれるからです。

ワーホリ最初の数か月くらいはジャパレスで働いて、英語脳を鍛えるのもいいのではないでしょうか。

出来たらいいなと思った仕事

私が出会った人たちの仕事で、興味があった仕事がいくつかありました。

  • ドックトリマー
  • ヨガインストラクター
  • セラピスト(マッサージ・アロマ・美容・医学療法士など)
  • パーソナルトレーナー

経験がないと就けない仕事で、スーパーバイザーの下で働いている人もいましたが、「手に職」は海外でも通用するという事が分かり、自分には何が出来るのか考えました。中にはフリーランサーとして顧客を持っている人もいて、正直驚きました。

ちなみに、男性特有の仕事として建築関係の仕事があります。時給が高く複雑な人間ドラマが一切ない、目の前の仕事をするのみ。接客業をしている私から見てとても羨ましい仕事でした。

また、オーストラリアには主に一般の人が単発の仕事をオファーする携帯アプリがあります。グラフィックデザインや引っ越しの手伝い、イベントでのサーバーなど仕事の種類はたくさんあり、本職の傍らお小遣いや経験の為にここから仕事を取っている友達が数人いました。

シドニーワーホリ体験談まとめ

シドニー

色々な人から刺激をもらい、私は最終的にマッサージ師になるという目標ができました。その後、留学生としてシドニーに戻り無事に資格を取ります。

シドニーでのワーホリは、同じ外国人という立場で「枠を超えた考え方」が出来る人々に出会い、仕事のみに限らず生活スタイルや生き方など「自分にも出来る事がこんなにある!」と思わせてくれました。

海外で経験出来て良かったと思える仕事に出会え、充実した海外生活が送れますように!応援しています!