Bad Schandauという町の名前を聞いたことがあるでしょうか?おそらく初めてという方が多いと思います。Bad Schandau(バート・シャンダウ)は東ドイツ、ザクセン地方にある小さな温泉町です。

Dresden(ドレスデン)というザクセン地方で最大の町から南に電車で約1時間行ったところに位置し、チェコ共和国との国境からは電車でなんと20分という近さ。観光が主な産業のこの小さな町で、私は2016年冬、ワーキングホリデーを開始しました。

プラハでのワーホリビザ申請

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ドイツのワーキングホリデービザを申請した当時(2016年11月)、私は既に30歳になっていました。その前にワーキングホリデーの経験は無く、いわゆる「ギリホリ」と呼ばれるのに近い状態でした。

しかも、ワーキングホリデーをする決断をしたのはビザ申請直前の2016年9月〜10月、姉の住むプラハ(チェコ共和国)を訪れていた時のことです。

当時私は人生の大きな転機を迎えていました。姉の住むプラハを訪れたのも、とにかく様々なことがありすぎた日本を離れたい一心からでした。

しかし滞在可能期間は90日(シェンゲン協定加盟国での決まり)のみ。およそ3ヶ月のタイムリミットの中で、殆どすべてを失くした(と思っていた)私はその後の身の振り方を考えなければなりませんでした。

プラハに来てから1ヶ月が過ぎた頃、私は日常にリズムをつけるために週5日ペースで通い始めた語学学校(英語)で友人もでき、少しずつ自信を取り戻していました。

日本に帰ることがとても想像できなかった私は、昔大好きな国アイルランドでワーキングホリデーをしたいと考えていたことを思い出し、その可能性を調べてみることにしました。

しかし、アイルランドのワーキングホリデービザを取得するには一旦帰国する必要があり、一縷の望みをかけていた私は酷く落ち込んでしまいます。

帰国以外の道を諦め掛けていたとき、ドイツのワーホリビザは世界中のドイツ大使館・総領事館で申請ができるということに気づきました。

しかも、ドイツはチェコとお隣という嬉しい偶然!90日の期限まで約1ヶ月を残した10月末、本格的にビザ申請に向け行動を開始しました。

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日本からの取り寄せ必須の書類は取得と送付を親に心からお願いし、私自身は現地調査に乗り出しました。

その頃は仕事を見つけやすいだろうという予測からベルリンに住みたいと思っていたので、金曜日の授業後プラハからベルリンへバスで片道5時間の旅を繰り返しました。

ユースホステルの二段ベッドが並ぶ大部屋で寝泊まりし、住む場所と仕事を探しながら町を歩き回りました。

プラハのこぢんまりとした町のサイズに慣れていたので、初めてベルリンを訪れた際、交通機関を使わなくても歩いて行けるだろうと高を括っていましたが、その予想は大外れ。

ベルリンは東京よりサイズは小さいものの、移動に電車やバスの利用は必須。勘違いも甚だしかった私は目的地にたどり着くまで2時間以上もかかってしまいました。

バート・シャンダウとの偶然/運命の出会い

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プラハで申請したビザの許可が無事に下り、ベルリンの日本食レストランでのアルバイトの仕事も決まりかけ、あとは住む場所を見つけるのみというころ、私の中で次第に心変わりが起きていました。

プラハで通っていた語学学校にやはり通い続けたいという願望が湧いて来たのです。その思いを無視しきれなかった私は、通学ができる範囲で住める町はないかと探し始めました。

最初に思いついたのはドレスデン。1度訪れたことがあり良い印象は持っていましたが、どうも住むことを想像するとしっくり来ず、「チェコに最も近い急行電車が停車する駅」という理由だけで、ドレスデンへ下見に行った帰りにバート・シャンダウ駅に立ち寄ってみることにしました。

駅に降り立つと、その目前にはエルベ川があり、その向こうに小さな町が見えました。小さなフェリーで川を渡ってたどり着くその町は、教会が最も高い建物。季節は冬だったので真っ白な雪に包まれ、まるでおとぎ話の中に居るように感じられました。

そんな町で私は運良く親切な大家さんに会うことができ、屋根裏にある小さなアパートで唯一無二のワーキングホリデー生活を始めたのです。

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プラハの学校は平日8:30〜11:45。授業開始に間に合うにはバート・シャンダウ駅を5:48amに出発する始発電車に乗らなければなりません。

同時にネットを介したライティングと翻訳の仕事も始めたので、4時半ごろ起床し学校へ向かい、就寝は0時ごろという生活が続きました。

しかし不思議と辛さは全く感じなかったのです。それはきっと、毎日電車の窓から眺めるドイツとチェコのエルベ川〜モルダウ川沿いの美しい風景が私を癒してくれていたからでしょう。

朝の6時前というと丁度日の出の時間なので、朝日が昇るのを眺めて通学し、帰りはいつも夜の8時過ぎだったため、今度はエルベ川の向こうに沈む夕日を浴びながら帰宅するという毎日でした。

バート・シャンダウは小さな町で、仕事を見つけるのも難しく、ドイツ語の語学学校もありません。

電車で30分ほど行ったPirna(ピルナ)という町に語学学校はありましたが、プラハの学校に行っていた私は資金をそれに避けず、主に親切な大家さんとの会話からドイツ語を少しずつ学んでいきました。

上達のスピードは遅いですが、実際の生活の中で学ぶドイツ語は楽しく、これからもコツコツと勉強を続けていくつもりです。

ワーホリ生活が終盤を迎えた今、思うこと

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語学学校も終了し、ワーキングホリデーも残り4ヶ月あまりとなった今、私は次のステップに向け試行錯誤の最中です。

ビザの更新をしてドイツにとどまるのか、はたまた他の可能性を探して移動するのかそれは未だ分かりませんが、この時期この場所だから出来た私なりのユニークなワーキングホリデー生活は、きっとこの先も私を支え続けてくれる宝物になると確信しています。

これからワーキングホリデーを考えている方にお伝えしたいのは、決まった形は何もないということ。人の目を気にして、外から見かけの良い「ワーホリライフ」を作り上げる必要は全くありません。

ワーキングホリデーによって得られるかけがえのない1年間(またはそれ以上)を、思う存分自分色に染め上げてください。

最後に、私が大家さんから教わった最も好きなドイツ語の言葉をご紹介します。

“Alles gute” = 英語の “All the best”と同じ意味ですが、私は個人的に「大丈夫。すべて上手くいっているよ。」というニュアンスで受け止めています。

皆さんが笑顔いっぱいの毎日を送れますよう、心からお祈りしています。